僕たちの時間(とき)
「こんな何のヘンテツもない学校が気に入ったのかよ」

「確かに、どこにでもあるような学校なんだけどね……」

 僕の言葉にはにかんで笑った藤沢は、そのまま外へと視線を流した。

「私…、桜の花って好きなんだぁ……」

 そしてふいに、何の前触れもなく、そう言った。

 あまりにさりげなく突然だったため、僕は「え?」と聞き返すことでしか、声を出すことができなかった。

「私が初めてこの街に来た時、車の中からこの学校が見えたの。

『ここが今度通う学校だよ』って言われて……でも、初めての場所なんだもの、不安で一杯だったわ。

 それが、学校の裏に回った時、川に沿って、土手にずうっと満開の桜が続いている風景が目に飛び込んできて……!

 ――なんて綺麗なんだろうって……涙が出るくらい、その景色は綺麗に見えたの……!

 その途端、不思議と不安はなくなってたわ。

 それどころか、きっといいことが待っているんじゃないかって、そんなことさえ思えたの。

 だって大好きな桜の花と一緒にこれからの生活が始まるんですもの、こんなに嬉しいことってないわ。

 桜に迎えられて、桜に送られる、…なんて、こんな学校素敵じゃない。

 だから、この学校に来てよかったなぁ…って、本当に心から思ったの。

 今度は〈卒業式〉の時にも……あんな満開の桜たちに、見送ってもらえたらいいなぁ……」

 藤沢は満足そうに微笑むと、そしてハッとしたようにほんのり頬を赤く染めながら、僕の方を恐る恐る振り返った。

「――やっぱり単純…かなぁ……?」

「そんなことねーよ。いいんじゃないか? 藤沢らしいと、オレは思うけど……」

 しどろもどろの僕の答えに、彼女はとびきりの“天使の微笑み(エンジェル・スマイル)”を返してくれた。

「ありがとう。そう言ってくれるのは、渡辺くんだけだよ」
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