僕たちの時間(とき)
 遥と出会ったあの日から。

 まだそんなに日数が経っていないというのに、何度もそんな考えが脳裏を過ぎる。

 彼女といるのが苦痛でもないのに……。

 いや、むしろ遥と話しているのは楽しい。

 彼女は明るく快活な人で、くるくるとよく喋り、そしてよく動く。

 彼女を見ていると飽きない。

 女の子と話していてこんなにも楽しいと感じられたことなど、かつて一度としてあっただろうか。

 それに何よりも、僕を好きだと言ってくれる。その気持ちが嬉しい。

 ――なのに……何かが違う、そんな感じで……。

 そう、彼女の言い方を借りるならば。

 僕は、遥の前ではいつでも“BEST”でいることができない、ということなのだろうと思う。

“BAD”ってことは絶対ないけれど、せいぜい“BETTER”止まり。

 彼女の前では、僕が僕自身そのままの姿でいることはできない。

 それを、痛感する……―――。


 ふいに肩を叩かれて。

 フロアの一番スミでボーっとパイプ椅子に座っていた僕は、それでハッとして我に返った。

 振り返ると、そこには光流が立っていた。

「あ…! 話、終わったのか……?」

「まぁな」

 答えながら、光流も近くからパイプ椅子を引きずり出してくると、僕の隣に腰掛けた。

 ここの備品の置き場所なんて、僕も光流も知り尽くしている。

「一応、ここに来た目的は《B・ハーツ》のライブだからな。それに間に合うようには、戻って来るさ」

「そりゃ、ごもっともだけど……」

 僕が口ごもった瞬間、照明が落ち、ステージが明るくなった。

 客の歓声がひときわ高まる。

 カウントを唱える遥の声が響き、そして大音響に包まれると同時、ステージから眩(まばゆ)い光が放たれる。

 最初から全員総立ちで――もっとも、ハナっから椅子なんて用意されてもいないけど――、一番後ろで座ったままの僕らなんて、前が見えない。

 彼等が出てくるだけで、こんなにまで客は盛り上がるのか。

「すげぇよな……」

「あぁ……」

 光流の呟きに、僕は心底からの相づちを打った。

 でも、それだけだった。

 僕らはお互い、何も言わずに座っていた。
< 100 / 281 >

この作品をシェア

pagetop