僕たちの時間(とき)




 光流は1人、壁にもたれて立っていた。楽屋に通じるドアの前で。

 聡は既に帰ってしまっていた。

『オレ、先に帰るよ……できれば遥によろしく言っといて。チケットくれたの、あいつだから……』

 そう言うと、ラストの曲が終わるのも待たずに、追いつめられたようなカオで1人、席を立った。

(追いつめたのは、俺か……)

 壁にもたれかかった姿勢のまま、光流は思う。

 軽く眉を寄せ、俯く。

(だけど…、俺に何を言えってんだよ……!!)

 聡の告白に、光流はあえて何も言わなかった。

 何故と問いもしなければ、反対も…ましてや祝福もしなかった。

 それは光流自身、表情にこそ出さなかったが、かなり戸惑っていたせいである。

 だが聡は、そんな光流の無言を“返事”と解釈したらしい。

 早々に席を立ったのも、自分のそばにいるのが居た堪れなくなったからだろう。

(俺は……あんな決断をした聡に、どんな言葉をかけるべきだったのか……)

 しかし頭に浮かぶ言葉は、どれも聡の気休めにしかならなそうなものばかりで、しかも自分にとっても偽りでしかないもの。

 でなければ、やっと導き出したであろう聡なりの結論(こたえ)を、なじり否定してしまう言葉。

 ――かけてあげられるワケが無い。

(何も言わずにいることしか、できなかった……!)

 苛立ち、光流が唇を噛んだ、――その時。

“関係者以外立入禁止”の張り紙の向こうで、話し声や足音がにぎやかに響き、そして間もなくドアが開けられた。

 出て来たのは『はるか』を含む《B・ハーツ》のメンバー達。

 それを見とめ、光流は身体を起こす。

「――はるかサン」

 呼びかけた光流に気付いた彼女は、一瞬だけ不思議そうな表情を浮かべた。

 ――が、仲間達に「先に行ってて」と告げると、足早に光流の方へと歩み寄って来、そして微笑んだ。
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