僕たちの時間(とき)
「別に礼なんていらない。聡は今、最悪に調子を崩してるからな。集中力は無くなるし、全く使いモノになりゃしない。別にあんたのせいだとは思っちゃいないが、あいつがさっさと立ち直ってくれないと、こっちも困るんだ」

「…………」

 光流のその言葉には何も答えず、そのまま遥は歩き出した。

 光流の横をすれ違い、しかし数歩も行かずに彼女は不意に立ち止まった。

 その肩越し、光流へ小さく言葉を投げる。

「変に疑って悪かったわ……」

「いや……」

 そう返したものの。

 光流が彼女の方を振り返ることは無かった。

 真っ直ぐに、ただ前だけを向いていた。

「また明日、会いましょう」

「…………」

 去っていく足音と扉の閉まる音を、光流は背中で聞いていた。

 静まり返った空気の中、フッと軽く笑みをもらす。

「“反対”なんて……するはずがないだろう……?」

 無表情で、もう一度、先刻のセリフを口にして。

 そしてもう一言、付け加える。


「もちろん…、――“賛成”だって、するはずがないけどな」


(俺は聡に何も言ってあげられなかった……でも、だからと言って何もしないで見ていられるほど、俺は聡を知らない訳じゃない……!)

 握り締めた拳に力が籠り、持て余したかのように、光流はそれを思いきり壁に叩き付ける。

 光流は考えていた。――自分ができる範囲ギリギリの、精一杯の“お節介”を。

 それが聡にとって良い方に転ぶのか、それとも悪い方に転ぶのか……まだそれは解らない。

 しかし聡を信じている自分を、どうしても信じたかった。

 ――信じさせて欲しかったのだ……!
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