僕たちの時間(とき)




 藤沢は、教室を出て行こうとした僕を呼び止め、教えてくれた。

「1階の美術室の裏、行ったことある?」

「美術室…? ――ない…と、思うけど……」

「そこね、学校と土手を区切ってるフェンスが途切れてるの。

 そこから土手に出てすぐ右の桜の樹の下、私の特等席なんだ。

 建物で死角になって見つからないし、大きな樹だから日陰になって涼しいし、最高よ」

「へぇ……」

「行ってみたら気に入ると思うな。でも…、――誰にも内緒よ?」

「わかってる」

 この時の僕は。藤沢と秘密を共有できたことに、とても大きな喜びを感じていて、それ故にうまく言葉を継ぐことができなかった。

 ただ彼女を見つめることで、精一杯で……。

「私……1度でいいから満開のあの樹の下に、行ってみたいな……」

 そうポツリと呟いた彼女の表情を……僕は絶対に忘れないだろうと、その時思った。


 ――しかし僕は。

 その場所に、1度として足を踏み入れることはなかった。

〈卒業式〉を迎えた、今日まで……。
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