僕たちの時間(とき)
「――だから……何……?」


 少しの沈黙の後……相変わらず僕から目を逸らしたままで、小さく水月は呟いた。

 そんな彼女の前に、僕はポケットから取り出したチケットを、静かに置く。

「明後日。オレ達のライブがある。場所はいつも通り《アムネジア》で」

 細い指が、カサッと掠れた音を立ててチケットをつまみ上げた。

 水月の視線が、その小さな紙切れに注がれる。

「どうしても来て欲しいんだ、水月に。――おまえとの“約束”……その時に、果たしたい……!」


 ――チケットが微かに音を立てた。


 水月はやおら頭を上げ、ゆっくりと彷徨(さまよ)うかの如く、こちらへと瞳と向けた。

「約…束……?」

 その呟きに、僕はこっくりとうなずく。


 そう、“約束”。

 ――無かったこととするにはあまりにも偲びない、2人交わした約束。

 忘れようにも小指が忘れてくれない。

 あの指切りを嘘にしたくはない。


「オレのおまえへの唄、聴いて欲しい。オレの気持ちをわかって欲しい。そして…、――信じて、欲しいんだ……!」

「…………」

「ムシのいい話だけど……もしオレをまた信じようと思ってくれたなら……オレはおまえと、今まで以上の幸せを一緒に作っていきたいって……今度こそ本気で、そう、思ってるから……!」

「幸せ、を……?」

「ずっと昔、こんなオレにも大事な妹(ひと)がいて……だけどオレが何も知らないうちに死んだ……まだ幼くて、幸せなんてほとんど持ってなかったのに……オレが幸せにしてあげることも、出来なかったのに……! ――何も言わずに、急いで逝っちまった……」

 何故こんな話をしているんだろう……?

 明の話なんて、これまで誰にもしたことがなかったのに……思い出すのも辛かった出来事を、なぜ僕はこうも穏やかに話せるんだろうか……?
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