僕たちの時間(とき)




「おう、光流!」

 そんな自分を呼ぶ声に、光流はそちらを振り返る。

「あぁ、おやじさん……」

 そこには、案の定おやじさんが…――そして、もう1人。

 見たことのない男性が立っていた。

 訝し気な光流に気付いたのか、おやじさんが紹介してくれる。

「光流。こいつが以前話した《アルファ・レコード》の坂下。おれの後輩だ」

「よろしく。君が『ミツル』くん? 《ウォーター・ムーン》のリーダーの……」

「ええ。山崎光流といいます。どうも、はじめまして」

 握手を交わす2人の横で、おやじさんが言った。

「こいつにおまえ達のことを話してみたら、早く聴いてみたいとぬかすもんでな。つい今日のこと教えちまった。勝手なことして悪かったな」

「いえ……」

「まったくヒドいな先輩は。僕だけ悪者にするんだから。――ミツルくん、今日はただ聴きに来ただけの客にすぎないんだ。余計なことは考えないで、いい演奏してくれよな。僕は先輩の耳を信用しているし、僕自身も楽しみにしてきたんだからね」

「ご期待に添えるよう、努力しますよ」

 坂下という男は、どうやら気さくな人物らしい。

 光流もつい苦笑を浮かべて返答する。

 だが……彼は微笑んでいた口許をにわかに引きしめ、至極真面目な表情になって、光流に問うた。

「結論を急ぐわけじゃないが、“例の話”のことだけど……もし僕が《ウォーター・ムーン》を気に入ったとしたら……現段階では、話に乗ってくれる気は、あるのかい……?」

「おいおい、今日は『ただ聴きに来ただけの客』じゃー、なかったのか?」

 すかさずそこでおやじさんが横ヤリを入れた。

 おそらく、聡の状態が気に懸かっていたのだろう。

 だが光流は「いいんです」と、それを穏やかに遮った。

 微笑んで、答えを告げる。

「そのことでしたら……きっと今日、ライブが終わった後にでもできると思いますよ? ――きっと、ね……」
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