僕たちの時間(とき)
 しかし、藤沢は何も言ってはくれなかった。

(…………?)

 訝しげに思い、チラッと、少しだけ視線を元に戻して、彼女の様子を盗み見ようとする。

 そして……、


 ――驚きで……目が、離せなくなった……!


 彼女は、声をころして泣いていたのだ。

 僕のボタンを両手に包み込むようにして握りしめながら、頬を薄紅色に染めて。

 何も言わず、ただぽろぽろと涙をこぼしていた。


 それを見るなり僕は、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。

 心が、みるみるうちにパリパリとひび割れていくように感じる。


 ようするに僕は、告白するなりフラれたわけか……―――?


 泣きじゃくる藤沢を目の前にして、当然のことながら、多大に僕は狼狽していた。

「ごめん……そんなに嫌がられてたなんて、思わなくて……。

 ――そうだよな…、やっぱ迷惑だよなっ!

 ホントにごめん。

 もう言わないから。だからもう、泣きやんで……」

「――が、うっ……!」

「え……?」

「違う、違うの…! 私、嬉しかったのッ…! ずっと渡辺くんに嫌われてるとばかり思っていたから……そうじゃなかったんだってわかって、とってもとっても嬉しかったのッ……!!」


 信じられないセリフを……聞いたような気が、した……。

 荒れた心が、何かあたたかいもので満たされていくような……そんな感じがする……。


「だって、何となくいつも避けられてたような気がしてたし……それに1度もここに来てくれたことだってなかったし……だから……」

(避けてたんじゃないんだ、“結果的に”避けるハメになってしまっただけなんだ!)

 言いたいのに…! 胸が一杯で、思うように言葉が継げない。

 好きだったから……真っ直ぐに藤沢を見ることができなくて……。

(この場所のことだって、僕は……!)

「渡辺くんはわかってくれたんだって思ってたんだけど……やっぱり呆れられちゃったかなって……ちょっと、悲しくて……」

(違う…、違うんだ……!)

「だから……」


「――違うんだ!」
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