僕たちの時間(とき)
 でも、それも一時のこと。

 その人は軽く微笑み、私の方へと歩み寄ってきた。

「君、この中学の生徒?」

「えぇ、今しがた卒業しちゃいましたけど」

「そっか……卒業生か……」

 つぶやいて、懐かしげに目を細める。

「もしかして……あなたもウチの学校の、卒業生なんですか……?」

「まぁね。――“晴れ姿”を見に来いと言われていたんだけど……何か照れくさくってさ。だから式は自主的にパスさせてもらって、今頃ノコノコやってきたワケ」

「なぜ、ここに……?」

 私が問うと、彼はフッと遠い瞳をした。

 そして軽く笑うと、さきほどとはまた違った懐かしみを込めた声で、言う。

「――会いにきたんだ」

「え……?」

「オレの“彼女”に……」

「…………!」


 木の葉がさわさわと風に揺れる。

 その音をさがすように、そして彼は眩しそうに、樹の上をふり仰いだ。


「今日は彼女の“命日”なんだ。ちょっと報告したいことがあって、さ……」


 そこで初めて、彼が手にしているのが花束であることに気付く。

 真っ白なかすみ草の可憐な花束。

「あいつはここが好きだったんだ……」

 上を向いた彼の柔らかい髪を、梢を揺らす風が撫でてゆく。

 優しいまなざし……その先に“彼女”が見えているのだろうか……?
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