僕たちの時間(とき)
 そんな彼の姿に、私はあふれてくる想いを抑えきれずにいた。

(この人が好き……)

 素直にそう思ってしまえるのは、どうしてだろう……?


 ふいに彼は、私へかすみ草の花束を差し出した。

「これ、君がもらってやってくれないか? その方が、あいつも喜ぶだろうと思うから」

「でも……」

「いいから。卒業祝いも兼ねて、さ」

「じゃあ…お言葉に甘えて……」

 私はその花束を受け取る。


 その花の向こうに、彼と…――“彼女”の微笑みが、確かに“見えた”ような……そんな気がした。

 2人の間に流れるあたたかな“何か”が、私にも感じられたように思えた。


「オレさ…、今度《アルファ・レコード》からデビューするんだ。《ウォーター・ムーン》っていうグループで。――ぜひ君にも“見て”欲しい……!」

「はい、必ず! 絶対ファンになります!! えっと……」

「『サトシ』…渡辺 聡。ヴォーカルやってる。――君は?」

「桐生(きりゅう)美里(みさと)、っていいます」

「“美しい里”って書く『美里』ちゃん?」

「はい!」

「綺麗だね……まるで、この場所みたいだな……」

 そう言って微笑んだ彼を、私はきっと忘れないだろう……。


 去ってゆく彼の背中が涙で滲み……そして花びらの中に、かき消えた……―――。
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