僕たちの時間(とき)
「花…好きなヤツ売ってたら、買ってやるよ」

 僕のこの言葉に、「ホント!?」と、水月がカオをパアッとほころばせた。

「でも、いいの……?」

 しかし、次の瞬間にはもう遠慮するようにこちらを覗う表情を浮かべていて、僕は思わず人差し指で彼女の額を弾いてしまう。

「そんなカオしてたら、全然よくない! 水月が喜んでくれるカオ見せてくれれば、何の問題も無いの!」

 キョトンとしたようにデコピンされた額に手をやって僕を見上げていた彼女だったが。

 その言葉を聞くなり、まるで開いてゆく花の蕾のように、再びゆっくりと表情をほころばせていった。

 少し頬のあたりを赤らませて、そして恥らうように伏せ目がちになり小さく呟く。

「…嬉しい」

 彼女のそんな仕草のひとつひとつが、まるで付き合い始めた頃のように新鮮で可愛らしくて、思わず僕の口許にも笑みが浮かんでくる。

 そのまま彼女の手を取り、「行こう」と、花屋に向かって歩き出した。

 手を引かれて歩きながら……僕の背中に向かい、彼女はふいにそれを訊く。

「聡くんは…何の花が好き?」

「え…?」

 思わず振り返った僕の目に飛び込んできたのは、無垢で穏やかな彼女の笑顔。

 僕の大好きな、彼女の微笑み。

 ――それはまさしく“天使の微笑み”。


 ―――ふいに眼前にピンク色の景色が広がる。

 どこまでも続くピンク色の並木。

 尽きることのないほどの降りしきる白い花びら。

 その景色の中で向かい合う、学生服姿の僕と、セーラー服を着た水月…―――。


「桜…、かな? やっぱり……」

 無意識のうちに、そう答えを返していた。
< 163 / 281 >

この作品をシェア

pagetop