僕たちの時間(とき)
(――しまった……!)

 こういう、僕のような“近くにいる部類の人間”にしかわからないくらいの作為的な笑みを作った時の彼女は、絶対に何かを企んでいる。

 …ということも、もうかれこれ付き合いも長くなってきた僕は充分に理解しているのである。

 いくら久し振りに彼女の珍しい一面を見られたからといっても、少々つつき過ぎてしまったようだ。

「そこまで聡くんが仰って下さるんですものね。それじゃあ、お言葉に甘えて……」

 この場合の彼女の“報復”は、わかり過ぎるホドわかり切っている。

「――水月サン? 『この花、両手一杯の花束にして欲しいなぁっ!』とか言われても、それはムリってモンですよ?」

「そんなこと、言われなくてもわかってるわよー」

 先手を打ったはずの僕のセリフだったが、それはにこにこっぷりが更に上がった水月の笑顔で一蹴された。

 ――それじゃあ、他にどんなオソロシイ注文をフッかけてくる気なんですかアナタは……?

「だから、コレ買って」

 やっぱりそうきたか…と身構えた僕だったが、彼女の差し出したものを目にした途端、思わず拍子抜けしてしまった。

 なぜなら、彼女が『買って』と差し出していたのは、ずっと手に持ったままでいた、件の花籠だったからだ。

「え…? その籠でいいのか? だってコレ、この白い花メインじゃないぞ?」

 思わず問い返してしまった僕だったが、「じゃあ、“両手一杯の花束”にしてくれる?」と言われてしまうと、口を噤まざるを得ない。

 ――買えませんてバそんなもの。一介の高校生なんかには。

 そんな言葉に詰まった僕の様子を見てようやく気が済んだらしい水月は、そこでにっこりと、いつもの微笑みを浮かべる。

「いいのよ。この花はメインにならずに、こうして他の花たちに埋もれているくらいの方がいいの。他の花に囲まれていることで自分の美しさを引き出せる、そんな花でもあるんだから。だから、これがいいの」
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