僕たちの時間(とき)
 苦笑混じりにそれを言われて、彼女は「だって…」と呟き、小さく唇を尖らせる。

 実は昨年の冬、話題の映画なので〈ものは試し〉とばかりに、公開された1作目を2人で映画館に観に行ったことがあったのだ。

 観終えた後、『おもしろかったーっ!』と満足げな様子だった水月が、ついでに僕にも『どうだった?』と感想を求めたのだが……言っちゃナンだが“子供だまし”としか思えなかった僕には答えられるような感想も何もあったもんじゃなく、でも訊かれたのだから一応は答えなくちゃだよなあ…と思って、とりあえず一言、『…ハーマイオニーが可愛かったな』とだけ答えたら……途端に彼女はややムッとした表情を浮かべて、しばらく口もきいてくれなかったのだ。

 そんなこともあり、ここ1年、僕たちの間で『ハリー・ポッター』に関する話題は“禁句”になっていたのである。

 ――そう、彼女が『「ハリー・ポッター」の2作目、観に行きたい!』と言ったその時も……僕がビックリして思わず『どうしたの!?』と訊いてしまったら、彼女はやっぱり『だって…』と、同じ表情をして僕のことを見上げたのだ。

『せっかくだから……2作目も、聡くんと一緒に観たかったんだもの……』

『…オレがまたハーマイオニーばっかり観ててもいいワケ?』

『…いいもん。私はハリーばっかり観てるもん』

 そこでちょっと拗ねてみせた彼女だったが、次の瞬間にはにっこり笑顔になって、

『だから行こっ?』

 いいでしょ? とばかりに小首を傾げて僕を見やる。

 ――結局、その笑顔と仕草に籠絡されてしまったワケなのだが……だって、あんな笑顔でそんなことされたら、どんな“お願い”でも聞いてあげないワケがないじゃないか。

 でも“男のプライド”とばかりに、渋々を装って遠回しなOKを返す。

『――ハリーにばっかり見とれてたら、すぐに出てやるからな……』

『わーい! 聡くん、大好きーっ!』

 オレって水月に甘いよなーバカだよなー…とは思いつつも、彼女が無邪気にくれる『大好き』の一言で、全てが帳消しになってしまう。

(やっぱりオレってバカかもしれない……)

 でもその時は、そんな自分を“幸せ”だと感じた。バカでもいいって思えた。
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