僕たちの時間(とき)




 俺が“それ”を知ったのは……まだ夏の頃のことだった。


『もうオレは“これ以上”、“大事なもの”を失いたくはないのに―――!!』


 目の前で、まるで思いのたけを全て吐き出すかのように発された、その聡(さとし)の言葉に……一瞬、俺は硬直して、その場に固まった。

 聡のそんな表情を見たのは、――もう何年ぶりになるだろう。

 だからこそ……ふさがりかけていた筈の“傷”が、再び聡の中で口を開けてしまったのだと……俺は理解した。

 してしまった。その“一瞬”で。

 理解せざるを得ない。

 ――かつてと同じ…あんな表情をした聡を、目の当たりにしてしまったのだから……。

 聡が目の前でしゃがみ込んで、泣きながらコンクリートの地面に拳を打ち付けていても……固まった俺は、それを止めることはおろか動くことすら出来ず、その場にただ立ち尽くしたまま呆然とその光景を眺めていることしか、出来なかった。


『―――モウ、コンナノハ、ヤダ、ヨ……!』


 背を向けて去ってゆく聡の背中を見送りながら……俺は思い出す。

 そう小さく呟いて声も上げずに泣いていた、――小学生だった聡のことを。


 もう6年前になるだろうか……。―――当時、聡は大切な“妹”を、失った。
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