僕たちの時間(とき)
「おまえは、消えるな……」


 自分に凭れかかる温かなぬくもりに……小さく、俺は囁く。

「消えないでくれ……」

 抱きしめた腕に力が籠る。

(俺は、きっと……聡ほど、強くも弱くも、なれないから……!)

“大事なもの”を失う痛みには、きっと、耐え切れないと思うから……!


 明日の朝、目を覚ましたら……きっと満月は、今夜の自分のことを憶えていないだろう。
 酒のせいで憶えていないフリをするに、違いない。

 唇に乗せてしまった“禁句”も、その涙も、全部を憶えていないと言うんだろう。

 全てを“無かったこと”にして……そして絶対、『ああ、スッキリした』と笑うのだ。

 重く鈍い頭の痛みを堪えながら。

 そうやって再び、“普段の満月”に戻っていくのだろう。

 弱い自分を心の奥底に押し隠した、強い彼女に……―――。


「俺が全部、わかっててやるから……おまえの、そういう“弱さ”も、何もかもを……」


 眠りに落ちた彼女を抱き上げ、ベッドの上に横たえると……静かに俺は、その唇に自分のそれを重ねる。

 まるで神聖な儀式のように。

「だから、消えるな。―――逝くな。絶対に」

 どんなにおまえが弱くなっても……俺が全部わかっててやるから。受け止めてやるから。

(だから……頼むから、ずっと俺のそばに居てくれ……!)


 ふいに俺の目から溢れた涙が1粒、眠る満月の頬に落ちたのを……寒々とした冬の月だけが、それを見ていた……―――。
< 196 / 281 >

この作品をシェア

pagetop