僕たちの時間(とき)

1.――“Let it be”

「…はい、じゃあ今日はここまでにしましょう」

 かた、と小さく音を立てて手に握ったタクトを指揮台の上に下ろしてから発された、音楽教師の、その言葉で。

 さっきまでシンと静まり返っていた声楽室の中が、途端にザワザワとした空気に包まれる。

「各自、今日の注意を絶対に忘れないように。…では解散!」

 ――ようやく今日の練習が終わった。

 僕は座っていたグランドピアノの前から立ち上がると、ざわざわした空気の中、まだ指揮台の上で譜面をチェックしている音楽教師のもとに歩み寄る。

「あの、先生……」

 言葉をかけると、教師はフと僕を見下ろし、即座に「ああ」と納得いったように微笑んだ。

「聞いたわよー竹内(たけうち)くん! 今度コンクールに出るんですって?」

「ええ、まあ……そのこともありますし、またしばらくの間、部活が終わった後にピアノを使わせて欲しいな、と……」

「いいわよ。いつも練習熱心なのは結構だけど、あまり帰宅が遅くならないようにね」

「はい、ありがとうございます」

 そして教師からグランドピアノと声楽室の鍵を受け取ると、軽くお辞儀をして、そそくさと僕はその場を後にした。
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