僕たちの時間(とき)




 僕は花屋の店先で立ち止まった。

 店の軒先では、ガラス越しに陽差しを浴びて照り輝く、色とりどりのチューリップの束が、通りすがる人々の目を惹き付けている。

「いらっしゃいませー」

 奥から女性の店員が出てきて、そんな声と共に僕を迎えた。

「プレゼント用の花束ですか?」

「えぇまぁ…、そんなところです」

「どんな感じにお作りしましょうか? 今、ピンクのチューリップなんかが人気なんですよ。もう春ですから、淡い色の可愛らしい花がよく出てますね。他にはあちらの……」

 客当たりのよい店員だ。こちらが口を挟む隙なく、よく喋る。

「いや、そういうのじゃなくて……」

「あら、もうお花はお決まりですか?」

「――カスミソウを……」

「え?」

「カスミソウをください。花束にして」

「カスミソウ…だけで、ですか……?」

「えぇ、お願いします」

 店員の顔に一瞬、ポカンとした表情が浮かぶ。――が、そこはプロだ。

 すぐにっこり笑って「かしこまりました」。

 まぁ…、それもそうだろう。カスミソウなんていう、花束の付け合わせにするような花を『束にしてくれ』などと……どんな物好きだと思われても仕方ない。

 でもこの花なのだ、彼女に一番よく似合う花は……。

 誰が何と言おうと、それだけは譲れない。
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