僕たちの時間(とき)




 ――ピアノを弾く、ということが……ほとんど僕の“日常”だった。


 物心ついた頃から、僕はピアノを弾いていた。

 否、弾かされていた、と云う方が正しいか。

 自分がピアノを弾きたいとか弾きたくないとか、そういう意志の有無以前に、気が付いたらピアノを習わされていたのだから。

 習い始めた最初のうちは、ピアノ教師をしていた母から教わっていた。

 それがいつの頃からか、そこそこ有名な別の先生のもとに通うようになっていた。


 母が言うには、僕は『天才』なのだそうだ―――。


 確かに僕は、他人(ひと)よりも物覚えは早かった方だろうと思う。

 同年代の子供に比べて、おそらく要領も良かった。

 昔から、練習さえすれば大抵のものを弾きこなすことが出来ていた。

 ――“弾きこなす”と云うだけならば。

 譜面さえあれば、その指示通りに指を動かすことは、僕にとって、多分“簡単なこと”だったのだ。

 …というより、“当たり前に出来ること”なのかもしれなかった。

 ――それが『天才』と呼べるものであるかは……改めて考えると、甚だ疑問ではあるものの。

 しかし、“親の欲目”というものに目を曇らせた母は、それを確信してしまった。

 今でもなお、その親バカな過信は続いている。

 そんな母が僕にピアノを弾かせようとするたび、弾くことを強要しようとするたび……僕はその都度、色々なものを諦めてきたような気がする。

 まず、それの最たるものとして、ピアノを弾くために必要となる手、そして指を怪我する恐れがあることは、徹底的に、やらせてはもらえなかった。

 だから僕は、今までこのかた、屋外で遊んだことが無い。

 それに“体育の授業”というものにも一度だって参加したことが無い。

 もちろん工作の授業も、刃物を使う時は欠席することを余儀なくされた。

 学校が終わっても、自宅でのピアノ授業が控えているため常に母が車で迎えに来ていたから、帰宅途中に寄り道をすることも出来なかったし、友人と過ごす時間を作ることも出来なかった。

 …だから僕には、友達が居ない。


 そんな僕が……学校でイジメに合わないという方が、きっと、おかしいんだろう。
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