僕たちの時間(とき)
 でも正直、どうしても合唱部に入部したかったワケじゃない。

 伴奏者にだってなりたかったワケじゃない。

 言ってしまえば、単なる“口実”でしか無かったのだ。

 少しでも“自由な時間”というものを、得るための―――。


 朝起きて、学校に行って、放課後そのままピアノを師事している先生のもとに通って、帰宅したら再び自室でピアノの練習、

 …という、小学生の頃から連綿と続いていた自分の毎日に。

 決して表に出したりはしなかったが、内心では本当にウンザリしていた。

 辟易していた。

 それでも、全てを諦めることしか術(すべ)の無い自分にピアノ以外の何が出来るだろうか、と……そんなこと、考えても分からない。

 好む好まざるに拘らず、僕には今までピアノしか無かったのだから。

 ただ、この変わりばえの無い“日常”を、どんな風にでもいい、僅かながらでも変えられるのならば。

 これが小さな布石となればいいのに、と……思っただけ。

 それだけのこと。


 ――それでも……何を言われなくても僕は、こうして1人、結局はピアノを弾いているけれど。


 部活を終えてから先生のもとへレッスンのため赴く時間になるまで、いつも少しの余裕があった。

 それまでの暇潰しとして、フと僕は、部活の後に声楽室のピアノを使わせてもらうことを思いついた。

『自宅では練習する時間が取れないので、部活が終わった後に、ピアノを貸して貰えませんか?』

 それが諸橋先生にお願いした、伴奏者として合唱部に入部する“交換条件”でもあった。
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