僕たちの時間(とき)
『聞いたわよー竹内くん。今度コンクールに出るんですって?』


 先ほど先生に言われた言葉。

 どこから聞いたかは知らないが……おおかた、出どころは吹奏楽部の顧問でもある、もう1人の音楽教諭だろう。

 今日、授業の合間の休み時間に、先生の方から尋ねられ、その話をしたばかりだ。

 近々予選が開始される筈の、知ってる人だけしか知らないような…でも国内ではそれなりに有名であるピアノコンクールには、一応、出ることは出る。それは決まってる。

 諸橋先生は、今日僕が改めて『放課後にピアノを使わせてもらいたい』と願い出たのは、そのコンクールのための曲を練習をしたいからなのだと……そうでなくとも、僕の日々の放課後の練習は部活で弾く伴奏以外のため練習だと、思い込んでいる。

 ――でも、あながち間違っちゃいないけどね。


 閉め切った声楽室の中で僕が1人で淡々と弾いている曲は、まさにコンクールのための楽曲だった。

 ショパン作曲、『即興曲 第4番』。

 先生と相談してセレクトしたのは、ショパンのピアノ曲を殊のほかお気に入りの母である。

 僕は、それに従っただけ。

 ご機嫌な母に対し、先生は、『まあ、弾くことはできるだろうが』と、少々渋い表情をしていた。

 その気持ちが、少しだけ、僕には分かる。

 だって僕に出来るのは、先生の言う通り、あくまでもピアノを『弾くこと』だけ、なのだから―――。
< 205 / 281 >

この作品をシェア

pagetop