僕たちの時間(とき)
『君はオートマチックなピアノ弾きだね。…正確すぎて、人間らしくない』


 タメ息と共に、こう先生に言われたことがある。

『持っている感情を全て、鍵盤の上に載せてみなさい』

 僕の弾くピアノには、およそ人間らしい“感情”が感じられないのだ、と……。

『君の腕は確かに素晴らしいよ。だが、このままでは何度コンクールに出場しようとも入賞することは出来ないだろうね』

 …きっと、“その通り”なのだ。

 いつもいつも……小学生の頃からコンクールと名の付くものには何度となく出場してきたけれど……予選は軽くトップで通過することが出来るくせに、本選でトップに立ったことは、これまで1度として無かった。

 技術的な面でなら、僕は同年代の誰にだって引けは取らないだろう。

 事実そう言われ続けている。

 しかし、僕と表彰台のトップに上る人間との間には、技術面以外の、明らかな“差”があった。

 それは確かなことだった。

 母は、『いつもいいところまでいくんだから、今度こそ…!』という気持ちで、僕をコンクールに出場させたがるけど。

 僕は、先生の言う通り。

 所詮“腕”だけしか持たない自分がこれ以上の栄冠を手に入れることは、きっと永遠に無いだろう、と……そう思っている。


 ――所詮、僕はピアノを弾くだけの単なる機械だから。


 機械に感情は要らない。

 …否、機械に感情なんて分からない。

 感情、という概念すら持ってはいないのだから。

 だから、“人間らしく”ピアノを弾く方法が分からない。

 だから、母や先生や周囲の人たちの手前、形ばかり練習をしているだけ。

 オートマチックな機械は……機械であるがゆえに、その存在意義は、“技術”、――ただそれだけなのだ。


 心は……ピアノを弾いている限り、いつも、からっぽ―――。
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