僕たちの時間(とき)
 ――がたっ…!!


 ふいに響いてきた大きな音に、思わず僕はビクッと大きく肩を揺らした。

 ちょうど一曲弾き終えたところで、座ったまま、それまで弾くことに没頭し“からっぽ”になっていた意識を、徐々に徐々に呼び戻しかけていたところだったから……

 弾いた後の僕は、いつもそうだ。

 そうやって自分の中に“自分”が戻ってくるのを、しばしの間、ジッと待つ。

 そんな状態だったから……この時、突然の大きな音にひどく驚いて我に返った。ホトンド無理矢理のように意識を引きずられて呼び戻されて。

 音が聞こえてきたのは、声楽室の出入口の方からだった。

「…あっ、わりィ!!」

 我に返ったと同時、反射的にソチラへ視線を向けるや否や、そんな慌てたような声が飛んでくる。

「驚かせちまったか? そんなつもりは無かったんだけど、この扉、立て付け悪くてさー」

 まったくもって動きゃしねえ…! とブツクサ言いながら尚もガタガタと声楽室の引き戸――ちなみに、こんな田舎の公立中学校に、いくら音楽室とはいえど、防音扉などという気の利いた設備は無い――を開けながら姿を見せたのは……1人の男子生徒。

 学校の創立年数と同じだけ年くってんじゃないか? とさえも思える古い引き戸をガタガタ言わせながら、ようやく人間1人が通れるくらいにまで扉を開くと。

 そこからソイツは、スルリと声楽室の中に入り込んできた。

 そして、僕の方を見やりニマッと笑う。

「よっ!」

「………よ」

 そう片手を上げて挨拶されてもさぁ……?

 ――だからアンタ一体、何の用?

 しかも入ってきた男子生徒は、よりにもよって校内の誰もが知ってる“有名人”なヤツだったから。

 ナゼ校内の有名人なのか、と云うと……その格好からして明らかだ。


 ――別名『歩く服装規定違反の見本』、…こと、

 隣のクラスの葉山(はやま)建二(けんじ)。
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