僕たちの時間(とき)
「…………」


 なんだそれ? と、思わず僕は絶句した。

 と云うより、絶句するしか出来なかった。

 ――でも……それは決してイヤな気分では無く。

 思わず軽く瞠ってしまった瞳を、ヤツの顔に向けたままで……なんだろう、僕は今まで感じたことのない気分になっていた。

『ピアノが上手い』と褒められたことなんて、今までクサるほどある筈なのに。

 そしてその都度、アタリマエのことだと思いこそすれ、嬉しくも何ともなかった筈なのに。


 葉山の言葉は、やけにストンと心に届く。

 そして揺さぶる。

 ――心ごと……僕の全部を。


「すっげー感動した、おまえのピアノ聴いてて! また聴かせてくれよ! …てーか、ココで弾いてる時に、また聴きにきてもいいか?」

 ヤツの屈託の無い笑みにつられるようにして、まだ呆然としていた余り言葉も出せぬそのまま、とりあえずコクコクと頷くだけは頷いてみせたのだったが。

 それでも葉山は、「さんきゅっ!」と、まるで“すっげー嬉しい!”とありあり書いた表情でもって、“にこにこ”を通り越し“にぱっ”とした笑顔で、更に笑ってくれて。

 だから余計に言葉が出てこなくなり、僕はやっぱり絶句していることしか出来ずにいた。

「そういや名前、訊いてなかったな。――俺、2-3の葉山建二だけど。…あんたは?」

 呆然としたまま……まるで条件反射のように、僕は応える。


「――2年2組、竹内(たけうち)俊彦(としひこ)……」
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