僕たちの時間(とき)
「ところで……その、いつも弾いてる曲。――なんてーの、名前?」

 どこかで聴いたことがあるんだけど…なんて首を傾げるヤツの様子が、如何にも芝居がかっていて。

 思わず小さく苦笑が洩れた。

 葉山なりに、気を遣って話題を変えようとでもしてくれたのだろう。

 まさか僕に友人が居ないなんてこと、ある筈も無いと考えていたに違いない。

 誰かしら親しい人間くらい居るだろう、と。

 しかし返ってきたのは予想外の返答だったから……悪いこと訊いちまった、くらいのことは思ったのかもしれない。

 でも、話題の転換がアカラサマ過ぎてミエミエで、むしろ笑えるんだけど。

 知らず知らず込み上げてきた僅かな苦笑を噛み殺しながら、僕は

「ショパンの『即興曲 第4番』」と簡潔に返した。

「――ってよりも、『幻想即興曲』と云う呼び名の方が、世間様には有名かな」

 これを付け加えた途端、葉山が「ああ…!」と思い当たったように両手をポンッと打ってみせる。

「その曲名なら聞いたことあるぜ! なんだ、この曲のことだったんだ。意外に知られてる曲なんだな」

「そうだね。ショパンのピアノ曲の中でも人気がある方だし、このメロディも、『幻想即興曲』って名前も、かなり有名だからね。映画やらドラマやらCMやらと色んなトコロで使われてもいるし。多分、誰もがどこかで一度は耳にしたことのある曲だよね」

「そうだよな。別にショパンなんかカケラも知らない俺でも、どこかで耳にしたことがあるくらいなんだもんな」

「うん。そのくらい、誰にでも馴染みのある皆に愛されてる名曲。――にも拘らず、そんな“名曲”が、作ったショパン本人には“駄作中の駄作”とされて、あやうく闇に葬られてしまうところだった、なんて……信じられる?」

「え、マジ……?」

 軽く言った言葉に、葉山は短く驚きの反応を僕に向けた。

 僕も軽く笑み、「意外だろ?」と返すと、先を続ける。
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