僕たちの時間(とき)
「作曲した本人が“駄作”とした曲が、後世、作曲者本人もあずかり知らぬところで素晴らしい“名曲”となって、皆に愛されつつ世に残るんだ。この先、たぶん永遠に。…それって充分、皮肉だよね。自らが“駄作”と定めた曲に、望んでもない名誉を、死んでから後に得ることとなってしまうなんてさ。――そのことをショパンは、一体どう思っているんだろうね……」

 まあでも死んだ後に何を“思う”も無いだろうけどさ。

 …ポツリと独り言のように付け加え呟いた僕に向かい。

 葉山も「そうだな」と、神妙なカオで…でも相槌を打つように軽く、同意をくれて。

 そうしてから、ふいに訊いた。何気ない調子で。


「オマエも好きなのか、この曲?」


 ――それは、まるで“不意打ち”のように感じられた。


 咄嗟に自分が何を訊かれたのかが分からなくて。

「え……?」

 キョトンとした目を向けて黙ってしまった僕を見つめ、葉山も不思議そうに言葉を投げる。

「だからさ、こう毎日毎日弾いてるからには、オマエもこの曲、好きなのかな? って、思ったんだけど……?」

「『好き』って……?」

 僕が……? この『幻想即興曲』を弾くのが……? ――『好き』、だって……?

「考えてみたことも無いけど……」

 即座に思わず洩れてしまった呟くような本音に、途端、“はあ!?”とでも言いたいような表情になって葉山が言う。心の底から呆れたように。

「じゃあ何でオマエは、そんな好きでもない曲を、そー毎日毎日弾いてんだよ!?」

「え、だって、これコンクールのための曲だから……練習、しないとだし……」

「――はあ!? 『こんくぅる』だー!? てーか、そんなもん出るのかオマエ!?」

「…あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いてねえよ、ひとっことも!」

「そうだったっけ? …まあ、いいじゃない。別に言うほどのことでも無いし。したところで面白くもないよ、そんな話」

「てめー、ワケわかんねえっ……!!」


 ――バンッ……!!


 ふいに、そこで葉山の両手がグランドピアノの上に叩き付けられた。
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