僕たちの時間(とき)
 軽くビクッとした視線を向けた僕を、驚くほど強い瞳で真っ直ぐに見つめ返し…と云うより、もはや“睨み付け”て。

「…それ、すっげえムカつくっ!」

 低い声で呻くように、ヤツは言った。

「ようやく解ったぜ。オマエが“そうやって”ピアノ弾いてるワケ」

「え……?」

「オマエ……なに考えて弾いてんの、ピアノ?」

「『なに』って……」

 突然そんなこと問いかけられても……そう咄嗟に返答なんて出来るモンじゃない。

 考えていることなら、多分、きっと幾らでもある。

 そう…例えば、さっき言ったショパンの『幻想即興曲』に対する評価のこととか。

 あと、どうやったら楽譜通り正確に指を動かすことが出来るかとか。

 僕の苦手とする部分は何処だろうとか。

「――確かに、さ……オマエのピアノ初めて聴いた時、すっげえ感動したよ……」

 しかし、それらを僕が言葉にして口から出す前に、葉山の方が先に、まるで被せるようにして言葉を紡ぐ。

「オマエが弾いてた曲が、すげえ難しそうだから、とか、名曲だから、とか、そんなんじゃなくて。長い間、真剣に練習を積んできた人間の得た“成果”ってヤツを、オマエの弾くピアノに感じたから。オマエの出す音は、そういう人間じゃないと出せない音だと思ったから。――だから感動したんだ。すげえと思った。でも……」

 そして葉山は、そこで一旦、言葉を止めた。

 相変わらず僕を睨み付けているような強い…それでいて果てしなく真剣そのものの瞳で、――静かに告げる。


「ここで聴きながら、いつも思ってた。――オマエ……すっげえつまんなそーにピアノ弾くのな」
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