僕たちの時間(とき)
「…………!?」

 言ってのけた僕を見つめたまま、ぐっと葉山が言葉を飲み込んだのが分かった。

 それでも、僕は淡々と続ける。ヤツの顔を見つめたまま。

「『つまんない』とか『おもしろい』とか『好き』とか『嫌い』とか……そんなもの知らない。僕のピアノには最初から無いんだ、そんなもの。だって僕のピアノはオートマチックだから。僕はピアノを弾くためだけの“機械”だから。

 ――僕も『幻想即興曲』と同じだ。

 一見すると優秀で将来有望なピアニストに見えるかもしれないけど、本当はただの機械、つまりピアニストとしては“駄作”なんだよ。こんな“駄作”な機械が弾くピアノなんかで無駄な『感動』までさせてしまって……むしろ申し訳なかったよね……」

 ――でも、それを『聴きたい』と言ったのは、君の方だろう……?

 やおら自然に浮かんできた微笑みと共に告げた途端、ヤツはぎりっと唇を噛み締めた。

「『幻想即興曲』と違うところは……僕のピアノなんて所詮、誰にでも愛されるものにはなり得ない、っていうトコロかな……」

「もう、いい……! もう黙れよ、聞きたくねェ……!」

 相変わらず低い声で、まるで唸るように呟き、僕の言葉を遮った葉山は。

 そのまま身を翻すようにして、声楽室から出ていった。


 ――そうやって1人この場に残された僕には……訪れた静寂の中にある、この気持ちが何なのかすら分からない。


「…だって、僕は“機械”だから」


 果てしなく“人間”でいることを、知らず知らずのうちに望んでいる“機械”―――。

 感情すら持てない、ただピアノを弾くだけの“機械”に、1つだけ、夢をみることが赦されるのであるならば……、


 ――葉山、僕は君の“友人”になりたかったんだ。
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