僕たちの時間(とき)
「ケンは、ああ見えて君のこと相当買ってるんだよ」

 黙りこくってしまった僕の様子になど気付いていないかのように、渡辺くんが、そうニコニコと言葉を続ける

「バンドのことだって、もともと『オレたち3人だけで』ってことにホトンド決まってたんだよ。それを、ケンが『すげえ天才見つけた』『どうしてもアイツをメンバーに入れる』って、大興奮で言ってきてさ」

 彼の言葉が……僕の右耳から左耳へ、何の引っ掛かりも無く通り抜けてゆく。

「あのケンがそこまで言うのって、よっぽどのことなんだぜ? アイツも耳ばっか肥えてるからさ、生半可なウデじゃ納得してくれねーの」

「…………」

「それで、ヘタにテクの無いヤツ入れるよりは3人だけで…って決めてた矢先に、『4人目入れるぞ』って、コレだろう? ――まあ、でも、何だかんだ言ってもケンの耳は信用してるし……だからケンが『どうしても』って言っちゃうほどのヤツなら、同じバンドの“仲間”として否やは無いんだよ。僕も光流もね」

 ――嘘だ、そんなのは。

「ケンも、ああいう性格だからね。君にしてみたら、ただ何の説明も無くイキナリ巻き込まれただけのこと、なんだろうし……まあ、今はムリでもさ。でも、せっかくバンドやれるんだから。皆で一緒に楽しんでやれたらいいよな」

 渡辺くんの、まるで本心から楽しんでいるような…新しい仲間と音楽が出来ることへの期待と喜びに溢れたような…そんな言葉を聞いているうちに。

 次第に僕の胸の中、モヤモヤとした暗雲が広がっていく。

 嘘だ、そんなの。

 だって実際、山崎くんは僕を認めていないじゃないか。“仲間”だ、って。

 それに“仲間”だの“楽しむ”だの、何だかんだゴタクを並べたところで……所詮、皆の意図するところは同じなんだ。

 母も、先生も、そしてコイツらも。

 ――どうせ僕の、ピアノを弾く“技術”しか必要としてない。

 何の他意も含みも無さそうな笑顔を向けられても、そんな言葉を告げられても……ただイライラするだけだ。

 知らず知らずのうちに、いつの間にか湧いて出てきてた苛立ち。

 それが止まらない。止められない。

 どうしても抑えられない。
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