僕たちの時間(とき)
 知らず知らずのうちに……いつの間にか僕の手が止まっていた。

 つられたように、渡辺くんの唄も止まる。

 …もう、弾けなかった。

 弾いてはいけないと思った。これ以上。


「どうしたの……?」


 訝しげに降ってくる言葉に……だから僕は顔を上げられなかった。

 視界に映るのは、黒と白の鍵盤だけ。


「――僕には無理だ……」


 モノトーンの世界から顔を上げられないままで、呟くように、僕は返した。

 きっと山崎くんの狙いはコレだったんだ。

 僕に、渡辺くんの才能を認めさせること。

 認めさせ、降伏させること。

 それが解るだけに余計、とてもじゃないけど顔を上げられなかった。


 僕は相応しくない。

 ――彼と…彼らと共に音楽を奏でるには。


 ――きっと山崎くんが“してやったり!”って表情になって、僕を見つめていることだろう。

 ――きっと渡辺くんは、困ったように…でも心配そうに、立ち尽くして僕を見守ってるんだろう。

 ――きっと葉山は…葉山だけは、何も変わらずに普段通り、僕を見つめてるんだろう。その常に真っ直ぐな眼差しで。


 ボロッ…と、なぜかそこで涙が零れてきた。

 泣きたくなんてないのに……なのに涙が止まらなくて。

「どうして……?」

 ポタポタと膝の上に落ちる涙を見つめながら、どことなく呆然と、僕は呟く。


「どうしてだよ……? なんで皆して、僕を“人間”に戻そうとするの……?」
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