僕たちの時間(とき)
 ――何故、彼が……?

 そこに立つのを彼と認識するや否や、僕の目が軽く瞠られる。

 だって、張り手とはいえ人を殴るなんて……普段の穏やかで少しボンヤリとした感もある彼からは、到底、想像もつかなくて……。

 それくらい、普段の渡辺くんは、あまり喜怒哀楽を必要以上に表面(おもて)に出さない人だった。

 感情が外見に現れ難い人なんだと思っていた。

 しかし今、こうやって僕を見つめる彼の瞳には、ハッキリとした感情が覗えた。

 ――“怒り”という名の感情が。

「君が何を知っているんだ……!!?」

 呟くように…でも怒りを隠しきれない声音で、至近距離から、彼が告げる。

 同時に、襟首をガッシリと掴まれて締め上げられた。

「“生きる”ってことの意味の何を、君は知ってるっていうんだよ……!!」

 徐々に徐々に襟元を締め上げられる苦しさに、思わず僕は呻き、目を眇める。

 眇められて霞む視界の向こうで、相変わらずの怒りを湛え、渡辺くんが真っ直ぐ僕を見つめていた。

 ――その瞳に、微かだが“怒り”ではない感情の色が見えたように思ったのは……今しも気を失いそうになる僕の見た、錯覚、だったんだろうか……?

 苦しくて、揺らぐ視界の向こう側。

 彼の声が聞こえた。

 まるで悲痛な叫びのように……それは、聞こえた。


「生きたくとも生きられなかった人間の気持ちを……!! そんな人間が必死で生きていた意味を……!! その全てを、君は知っているとでも言うのかよ……!!?」
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