僕たちの時間(とき)
「――今のは君の失言だよ、竹内くん」


 ふいに僕の意識を現実に引き戻したのは……そんな山崎くんのセリフ、だった。

 彼がまだこの場に残っていたことが、少し意外だった。

 山崎くんこそ、真っ先に渡辺くんを追いかけていきそうだと思ったのに。

 ――それをアタマのスミで、ボンヤリと思う。

 彼は告げた。

 そんな呆然としたままの僕に向かって。

「知らないことは罪にならない。けれど、知らないから何を言ってもいい、ってワケなんて、尚のこと絶対に、ある筈なんて無いんだ」

 その言葉は……普段の山崎くんらしくなく、ものすごく淡々と紡ぎ出された。

 ――だからこそ彼が、その言葉の裏に抑えきれない“本心”をありありと覗かせていることが、解った。

「殴られた頬より殴った手の方が痛い、ってことも、あるんだよ世の中には」

 言葉でもって、明らかに僕を糾弾していた。

 ――なぜ渡辺くんをあんなにも傷つけたのか、と……。

「聡が言ったことの意味、よーく考えてみるんだな」

 吐き捨てるように言って、そこで彼も踵を返す。

 ようやく彼も、渡辺くんの後を追うようにして開きっぱなしになっていた扉から身を翻すようにして出ていった。


『“生きる”ってことの意味の何を、君は知ってるっていうんだよ……!!』

『生きたくとも生きられなかった人間の気持ちを……!! そんな人間が必死で生きていた意味を……!! その全てを、君は知っているとでも言うのかよ……!!?』


 まだ耳から離れない。

 頭の中にこだまする、悲痛な声。

『よーく考えてみるんだな』と言った山崎くんの声も、ぐるぐると耳の奥で回り続ける。

 僕は、何を考えなくてはいけないのだろう。

 僕の何が、彼を傷つけてしまったと云うのだろう。


「――知りたいか……?」


 まるで堂々巡りにしかならない僕の思考を読んだかのように、その場に1人だけ残っていた葉山が、ふいに言った。

 まるで呟くような声で。

 つっ…と僕は振り返り、傍らに立つ葉山の顔を見上げる。

 葉山は、僕を見下ろしていた。
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