僕たちの時間(とき)
「好きなように、泣いて、笑って、怒って、そうして生きてりゃいいじゃねーかよ。何をガマンしてんだテメエは」

「でも…だって僕には、ピアノしか無くて……」

「『ピアノしか無い』だと? …いいじゃねえか、それのドコが悪いんだよ? “それしか無い”、なんて言えるモンがあるってことは、生きてく上で幸せなことじゃねえのかよ?」

「――『幸せなこと』……?」

「ああ、そうだよ。“それしか無い”って言い切っちまえるくらいに打ち込めるモンがある人間なんて、すげえ幸せじゃねーか。その“それしか無い”っていう“たった1つ”を見つけることさえ出来ないまま生きてる人間が、この世の中にどんだけいると思ってんだよ」

「『どんだけ』も何も、そんなの……」

「結局のとこ、どう捉えるかはテメエ次第なんだ、ってことだよ言ってんのは。――“幸福”と取るか、“不幸”と取るか、“束縛”と取るか……そんなん、人によって違ってるに決まってるんだ。だからこそ、その違いが“人間”にしか持ち得ない“個性”ってゆーモンなんだよ」

「『個性』……『“人間”にしか持ち得ない』もの……?」

「だから、おまえは確実に“人間”なんだよ、トシヒコ。自分に『ピアノしか無い』ってことを嘆いてるのだって、それはそれで、立派にオマエの“個性”ってヤツなんだ」

「…………」

 丸く瞠った目で葉山を見上げたまま硬直し、もはや僕は、何の言葉の1つも発せられなくなっていた。

 出そうとしかけた言葉のことごとくを、全て淡々と遮られてしまったから。

 ――そして、その言の反論に値する言葉の何一つさえも、僕は全く持ち合わせていなかったから。

「ホント馬鹿だよな、オマエは……」

 葉山が続ける。

 それを痛そうに苦しそうに…でも、どことなく温かくも感じさせる笑みを浮かべて。


「所詮、“人間”が“機械”なんかになれるハズ、ねーじゃねーかよ……!」
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