僕たちの時間(とき)
 僕は何も知らなかった。

 渡辺くんの事情(こと)だけじゃない、音楽についても、自分についても、“生きる”ということの何もかにもを。

 知ろうともしてなかった。

 これまでずっと、知ることの全てを拒否してきた。

 ――それは“罪”だ。

 だから渡辺くんを傷付けた。

 彼が秘めた心の奥深くに負った傷を抉り出してしまった。

 居た堪れない。逃げ出したくなるくらいに。

 彼に詫びたい。心の底から謝り倒したい。


 ――謝ったところで、僕の犯してしまった“罪”は、拭い去りようもない……それは重々、理解しているけれど。


 皆が…葉山が、渡辺くんが、山崎くんが、僕の所為で傷付き心を痛めるのが、どうしても嫌だと思ったのだ。

 僕の仕出かしたことをチャラにしてくれとは言わない。

 …そんなこと絶対に言えない。

 でも皆には、普段通りの笑顔で居て欲しい。

 そのためなら、僕は何だってする。何を失ったって構わない。

 何だってしてあげたい。

 それが“償い”となってくれるのならば。


『――僕は一体、どうすればいいの……?』


 誰かに対してこんな風に思えることなんて、初めてで。

 思わず、誰に問うでも無く呟きが洩れた。

 苦しさと、痛みと、申し訳なさと、戸惑いと、居た堪れなさと……様々な想いが僕の身体中をグルグルと廻っては、気持ちばかり逸って落ち着かない。

 何かしなくちゃいけないと思うあまりに、逆に何をしたらいいのかが思い浮かばない。

 涙が出そうになる。

 こんな何も出来ない、あまりにも卑小に過ぎる自分自身が悔しくて。

 仕出かした事の大きさに挫けそうになる自分が、本当に情けなくて情けなくて……、

 唇を噛み締めた。

 そんな時、ふいに葉山が言ったのだ。


『今、アイツなら…サトシなら多分、“あそこ”だと思うぜ?』


 だから僕は今、階段を上っている。

 渡辺くんのもとへ向かうために。
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