僕たちの時間(とき)
「ミツルに、あそこまで言われて……それでいいのかよ、てめえは?」

「だって、そんなのは……」

 ――君たちの買いかぶり過ぎだ、と云う言葉を、咄嗟に僕は飲み込んで彼を見上げる。

 確かに…僕は自分のピアノが信じられない。

 いくら“天才”だと言われても、こんな自分が奏でるピアノだからこそ納得できない。

 でも、認める認めないに差はあれ、2人とも僕を“才能の持ち主”だと言ってくれた。

 僕が僕を否定することは、その気持ちに対して失礼に当たるんじゃないかと思ったからだ。
 いま咄嗟の判断で。

 これまで周囲の大人たちから褒められ続けてきたことに対する礼儀としての条件反射で。

 その“咄嗟の判断”を、今、よりにもよってこの状況で出してしまった自分に、思わず自己嫌悪を感じた。

 口を噤んでしまった僕に、しかし全く頓着せず、葉山は続ける。

「全てはオマエだろ? 誰が何をどう言おうが、他の誰でもなくオマエが、何を思うかじゃないのかカンジンなのは?」


 ――そして後……再び扉の向こうから“音楽”が聞こえてきた。


 今度はギターの音色が加わって、扉を隔て、このシンと静まった廊下へと響き渡る。

 渡辺くんが1人で奏でていたものとメロディは変わらないのに……でも、幾分か軽妙になったようにも感じられる。

 こんなに…人間1人が加わっただけで、楽器が1つ加わっただけで、これほどまでに違った音に聴こえるだなんて……!


 様々に如何様にも、その表情を変えられるもの。

 そのバリエーションは、きっと無限。


 ――そうか……これが“音楽”というものなんだ……!


 ふいに、まるで閃きのように理解できた。そのことを。

 何年もピアノに…そして様々な曲に触れてきて尚、そのことを僕は知らなかった。

 音楽とは、自分の世界で、たった1人で、奏でられるものだった。

 そこには何の変化も存在しない。

 ただ僕の色がポツンと存在しているだけ。


「選べよ。――いまオマエが何をしたいか」


 葉山がクシャッと、かき混ぜるように僕の頭を撫でる。
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