僕たちの時間(とき)
「オマエ自身が、何をやりたいのか。どうしたいのか。――考えろ、自分で。それを。答えを見つけるまで」

 そして、そのまま扉の持ち手に手を掛け、葉山も、そっと音を立てずに部屋の中へと入っていった。

 僕は1人、シンと静まり返った廊下にポツリと取り残される。


 ――部屋の中から聴こえてきた……今度はドラムが加わった、また新しい生を受けた“音楽”。


 室内に在る彼らと廊下に居る僕とを隔てた、この1枚の薄い扉が。

 まるでブ厚い壁のように、まるで乗り越えられないほどの高さまで伴って、感じられた。

 ここに1人残された僕との、それは“境界線”だった。

 まさしく、“音楽”というものを知っている者と知らない者とを隔てる―――。


 やおら僕の両手が前に伸ばされ、その扉の表面に、触れた。

 その木材の硬さと冷たさが、触れた僕の手を撥ね付ける。

 それが無性に“悲しい”と思った。

 淋しかった、とても。

 まるで僕の奏でるピアノのように。

 ここに1人取り残された僕が、とてもとても“孤独”なのだと、感じた。

 苦しくて切なくて堪らなくなった。


 ――お願い、僕を1人にしないで。


 否定しないで。

“僕”という存在を。僕の弾くピアノを。

 色の無い世界……僕だけしか存在しない世界……そんなのはイヤだ。もうイヤだ。

 今わかった。

 ようやく理解できた。

 ――今までずっと……僕は、とても哀しかったんだ。

 最初から“無い”と解っているものは、あえて自分から“欲しくない”と、否定し続けていた。

 全てに目を瞑って退けてきた。

“哀しい”と思うことすら…そうである自分すらも否定した。

 最初から何も無い、これからも何も無い、そう思い込み続けている方がラクだったから。

 どこかで誰かに与えられていたものだって、あったかもしれないのに。
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