僕たちの時間(とき)
「そういやー、“賭け”なんてしてたっけなートシヒコ?」

 ドラムセットの向こう側から、そのニヤニヤ笑いを今度は正真正銘僕の方に向けて、葉山が意味ありげに、それを告げる。

「え…?」と僕が返答する間もなく、「そうだよ、忘れられちゃ困るな」と、反対側から山崎くんが畳み掛けるように言葉を被せてきた。

「最初にちゃんと言っただろう? 『聡の“唄”で。――君がコイツの“実力”を認めれば俺たちの勝ち、認められなかったら君の勝ちだ』って」

 勝ち誇ったような…不愉快にさえ感じられるような、その穏やかな笑顔の中にニヤリとした企むような表情を、チラリと覗かせ。

 おもむろに愛想100%のニッコリ笑顔を浮かべるなり、キッパリと、それを告げた。


「“賭け”は、俺たちの勝ちだ」


 ひとときの間―――。

 僕は何を言われたのかが理解できず、唖然としたまま無言で、彼の顔をマジマジと見つめるしか出来ずにいた。

 それを、硬直した思考が徐々に理解していくにつれ……言葉も出せないままの口が、僕の意思でなく勝手にパクパクと動き出して。

 そう、それはまるで酸欠の金魚のように。

 ひとしきり、その“酸欠の金魚”になっていた僕は、我に返るや否や、思わずそれを叫んでいた。


「なっ…、――なんって詐欺ーーーっっ……!!!!!」
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