僕たちの時間(とき)




 ――あの日。

 担架に乗せられ救急車へと運ばれる水月を目の当たりにして、僕は“冷静”という言葉を完全に見失っていた。

 彼女の側に付き添おうと、救急車に同乗しようとした僕を止めたのは、意外にも光流だった。

「何だよ、放せよ光流!」

「お前は残ってろ」

「なっ…!?」

「ケン、トシ、おまえら行ってこい」

「で、でも……」

 2人とも困惑した表情で、光流と、光流にガッシリ押さえ付けられている僕を見比べる。

 しかし次の瞬間には、光流をしっかりと見つめて「わかった」と頷き、救急車の中へと乗り込んだ。

「放せよ光流! オレも行く! 放せ!!」

 それでも光流は押さえる腕を緩めようともしなかった。

 ちょうどこちらへ来た救急隊員に向かって言う。

「彼女の家族にはこちらから連絡しておきます。病院はどこですか?」

「N医大病院です。わかりますか?」

 隊員の言葉に、光流はしっかり「はい」と答えた。

 それに満足したように「では」と一礼し、隊員は急いで立ち去ってゆく。

 そして救急車の扉が閉められた。

 僕は、何とかして光流の腕から逃れようと必死でもがいていた。

 しかし無駄だった。

 出発した救急車は、僕の目の前から次第に遠くなってゆく。

 走り去る救急車を見送りながら、光流への抵抗も忘れ、愕然として力を抜いた。

 光流も、そんな僕の様子に気付いたのだろう。そこで初めて腕を放した。
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