僕たちの時間(とき)
(――今…、何て……?)


 僕は、自分の耳を疑った。

 水月が放ったその言葉が、一瞬にして脳裏に焼き付いた。

(そんなことって……)

 認めたくなかった。

(あるはずが、無いッ…―――!!)


 思いつめた表情をして……満月さんが静かにドアを開けた。

「お姉ちゃん……!」

「満月……!?」

「今の話……どういうことか、聞かせてくれるわよね……?」

 満月さんは、言いながらゆっくりと2人を見つめた。

 すると堪えきれなくなったのか、おばさんは「うっ…」と嗚咽をもらし、まだボーッとドアの外に立っていた僕にぶつかるようにして、病室の外へとび出した。

「母さんっ!?」

 満月さんも、追いかけて部屋を出ていく。


 ――現実なんて、いつもこうだ……。

 最後には僕を裏切る。“あの時”のように。

 もう、たくさんだ。

 何も見たくない、聞きたくない、考えたくない、


(もう何も、信じたくない……―――!!)


 静まり返った空気の中で……カチャリと、乾いた音が響いた。

 見ると、水月がこちらに背を向けて座り込み、床に散らばった花瓶の破片を片付けているところだった。

 その背中に、そっと密やかに僕は近付く。

 気配を感じたのか、水月が振り返った。

「聡、くん……!!」

 僕の名を呼びながら、そして彼女は立ち上がった。

 しばし無言のまま、僕らは凍り付いたように見つめ合う。

 少し面やつれしたしただろうか。水月の白い肌が、いつもよりずっと白く見える。

「水月……」

 そう呟いた僕は、とても情けないカオをしていたに違いない。

「久し振りに会ったのに…、そんな顔しないでよ、聡くん」

 苦笑を浮かべて、そう、水月は言った。

 でも僕の表情は、凍りついたまま動かなかった。

 代わりに俯く。

「聡くん……」

 降ってくる水月の声が、とても痛い。


「――知っちゃったんだ、ね……」


 僕は……どうしても顔を上げることが、できなかった………。
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