僕たちの時間(とき)




「何ですって……?」

 満月は、思わず手に持っていたカップを取り落とした。

 硬い床の上に、トクトクとコーヒーの染みが広がってゆく。

 だが、そんなことに気も留められないほど驚愕した様子で、目の前の母親を凝視したまま、満月は呆然と呟いた。

「あと半年の命? みぃが? ――嘘でしょう、そんなことって……!!」


 2人は、207号室の近くの喫煙所にいた。

 取り乱して病室をとび出した母は、満月に腕を掴まれ、引き止められた。

 すると彼女は満月の顔を見るなり泣き崩れたのだ。

 今まで抱え込んできた事実の重さに、これ以上耐え切れなくなったかのように。

 満月はそんな母を労わりながら、とりあえず彼女を近くの喫煙所に連れて来、そして座らせた。

「落ち着いて母さん。わたしがいるから大丈夫よ。もう、大丈夫だから……」

 ささやいて、ハンカチを握らせる。

 そうして母親の感情が少しでも静まるのを待ち、その手に自動販売機で買った冷たいお茶のカップを渡した。

「ほら、これでも飲んで」

 自分もアイスコーヒーを手にし、母の正面に座る。

「ごめんなさいね……満月にも迷惑をかけてしまったわね……」

 はじめて、母は弱々しく微笑んだ。

「何から話すべきなのかしら……まだ混乱しているのよ、情けないわ」

 言いながら、腫れぼったくなった目に手を当てる。

 そんな姿が……満月の目にとても痛々しく、そして儚く見えた。

(話すことすらできずに、1人でずっと苦しんで……)

 話すことすら憚(はばか)られ、知らせるなんてできないような、“悪い知らせ”…―――。

 満月の耳に、さきほど聞いてしまった水月の言葉が甦る。

 認めたくはないけれど……この母親の様子からして、おそらく“それ”が当の“知らせ”なのだろう。
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