僕たちの時間(とき)
 以前…現在の家に越して来る前に、住んでいた街。

 その街の市街地に建つマンションに、藤沢家はあった。

 その街はいわゆる“大都市”と呼ばれている街であり、自動車の交通量は著しく、隙間なく建ち並ぶ建物の中で緑は育つ場所を失い、多くの人間が狭苦しくひしめき合っていた。

 故に当然の結果として、自動車の吐き出す排気ガスで空気は汚(けが)され、春に飛ぶ花粉は塵埃まみれ、夏の日の光化学スモッグも日常茶飯事、不快指数も高かった。

 このままここに住み続けることは子供達にとって良い事ではない。そう両親は考えた。

 3人とももう大きくなっており、ある程度身体も丈夫になってきている。

 しかし、生まれてこのかた1度も病気らしい病気をしたこともない満月や睦月はともかく、水月は生来身体が弱かった。

 幼い頃、医者に『このままだと16まで生きられない』と言われるほどに、何かというと体調を崩す子供だった。

 小児ぜんそくを患っていたこともある。

 そんな水月だったが、それまで住んでいた場所の環境が良かったのだろう、小学校高学年を迎える頃には不健康さなど見当たらないくらいの健康体となってくれた。

 都会に住むことを考えたのは、通勤通学等の便の良さだけでなく、そうした水月の健康状態に安心を覚えたゆえでもあった。

 だが住んでみると、環境の劣悪さは想像以上のものだった。

 越してからしばらくして、水月が体調を崩し、そしてはじめて両親は気がついたのだ。

 ここは水月の健康に悪影響しか及ぼさない。

 それどころか、健全な2人でさえも身体を壊しかねない。

 両親は引っ越しを決意した。

 以前から一戸建てを建てようと計画していたこともあり、この機会にそれを実行に移すことにしたのだ。

 そして、だいたいその2年後…その街に越して来てから3年目に、藤沢一家は郊外に在る現在の家へと移ったのだった。
< 56 / 281 >

この作品をシェア

pagetop