僕たちの時間(とき)
 ハッとして、僕は我に返った。

 水月は、僕が今まで見たことのない、哀しみとも怒りともとれぬ表情を浮かべていた。

「私が、何も思わないはずがないでしょう?」

 言い放った水月は、氷のような瞳で、冷たく僕を見つめていた。

 その口許にもう笑みは無く、それどころか、見知らぬ人間を見るように僕を拒絶しているのが感じられた。

「聡くんに何がわかるっていうの……? 私の何がわかるっていうのよッ!!」

「水月っ……」

「私が何も思わずに平然としているとでも思ったの!? そんなわけないじゃない!! 悲しいわよ、とっても! 当事者は私だもの、すごくやりきれないわよ! ――でも、それで? だからどうしろというの? 泣きわめけとでも、言いたいの? それで泣いたからって、何になるの!? 泣いたところで何かが変わるの!? 泣いてどうにかなるのなら、私だってとっくの昔にそうしてるわ!! 馬鹿になるほど泣きわめいているわよ!!」

 頬を紅潮させて叫ぶようにそう言い放ち、水月は僕を睨んだ。

 そして僕は、自分が水月をどんなに傷つけてしまったのかを知った。

「ごめん……オレ、そんなつもりじゃ……!」

「別れましょう、私達」

「水月!?」

 僕を遮り、水月はいともあっさりとその言葉を口にした。

 僕が、とても怖がっていた言葉を……。

「なっ…!? どうしてだよッ…!? そりゃあ、今のはオレが悪いけど、どうしていきなりそんなことっ……!?」

「『いきなり』じゃあ、ないの。以前から考えて、決めてたことなの……」

「なんでっ……!?」

「だって私“病人”だもの。あと半年で死んじゃう身だもの。そんな“彼女”なんて、いたってしょうがないでしょう? だからキッパリ別れて。そうすれば聡くんも、心置きなく、新しい彼女、つくれて……」

「納得できねーよ! オレの好きなのは水月だけなんだ! 新しい彼女なんて必要ない! 水月が好きだから……! オレはおまえの傍にいたいんだ! おまえがいてくれたらそれでいい! おまえのためなら、オレの出来ること何でもする! おまえの力になる! だからっ……!」

「同情と愛情を一緒にしないで」

 必死で取り縋った僕を、水月はそう突き放した。
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