僕たちの時間(とき)




 走っても走っても、白い空間だった。

 白い壁に囲まれた、冷たい空間(せかい)。

 やはり病院(ここ)は“あのこと”を思い出させる。

(来るべきじゃなかったんだ……!)

 ここはいつも、大切な人をのみ込んでゆく…―――。


 僕は、人気のない救急用出入口から外に出た。

 外に出ても、そのまま走り続けた。ここから早く立ち去りたかった。


「――聡!」


 耳慣れた声に呼び止められて、ぐっと腕を掴まれる。

 振り返ると光流がいた。駐輪場に自転車を止めてきた直後らしく、手にはまだキーを握っている。

「どうしたんだよ、血相変えて。おまえが来てるって聞いたもんだから、ついでに俺も藤沢の見舞いに来たんだけど……」

 言いながら、僕のただならぬ様子に気付いたのだろう。

 光流は言った。

「何か、あったのか?」

「み…つる……」


 ――もう、限界だった。


 光流に縋りついて僕は、思い付くままぶちまけていた。

「こんなところに来なければよかったんだ! どうしてだよ! どうしてここは、オレにこんな思いをさせるんだ! どうして“あのこと”を思い出させるんだ!」

「おい、聡……」

「もうオレは“これ以上”、“大事なもの”を失いたくはない”のに―――!!」

「――――!?」

「あんな思いはもうまっぴらだ! どうしてこの場所はオレから大事な人を奪ってゆくんだ! オレが何をしたっていうんだ! 冗談じゃねーよ、チクショーッッ!!」

「聡……」

 僕はその場に座り込んでいた。涙があふれてくる目を押さえもせずに、歯を食い縛り、ひたすらコンクリートの地面を拳で叩き続けていた。

 そんな僕を止めることなく、光流はただ黙って、傍らに立ち尽くしているだけだった―――。
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