僕たちの時間(とき)
 ――それからの僕は……少しずつ変わったような気がする。

 明が纏わりついてきても、さほど不愉快ではなくなった。

 だんだんと明を大切な、なくてはならないほどの存在に、思えるようになってきていたのだ。

 近所のおばさん連中にも“面倒見の良いお兄ちゃん”“仲の良い兄妹”と褒められるようになった。

 そう言われるのは、僕としても嬉しかったし、改めてちゃんとした“お兄ちゃん”だと認められたようで、何となく誇らしかった。

 幸せだった。明に振り回される生活だったけど、それが幸せだった。

 明が僕の幸せであると、そう言っても過言ではないほどに。


 ――だけど、そんな幸せにポッカリと穴が開いてしまったのは……、

 あれは確か小学五年生の秋……運動会の当日、だった。


 その日は。

 学校行事なんかにはめったに参加したことのない両親が、めずらしく、しかも2人揃って来てくれることになっていた。

 日曜日だから、明も一緒に連れて。

 嬉しかった。

 僕はもちろんだが、それ以上にはしゃいでいたのは明だった。

「おにいちゃん。かけっこいちばん、とってねーっ!」

 何度もにこにこしながらそう言って、小指を差し出してきたっけ。

「ゆーびきーりげーんまん、うそつーいたらハリせんぼん、のーまーすっ!」

 当日の朝ももちろん、僕の出がけに指きりをした。

「ちゃんと1番とってやるから、しっかり見てるんだぞ! 約束な!」

「うんっ!!」

「じゃ、先に行ってるぞ」

「いってらっしゃーいっ!」


 こんな他愛もない会話が、明との最後の会話になるなんて……、

 この時の僕に、どうして想像できただろう……。
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