僕たちの時間(とき)
「ただいまっ! 明、一等賞とったぞっ!!」

 帰った僕を待っていたのは、明の明るいはしゃぎ声や、温かい両親の微笑みではなく。

 誰もいない、ガランとした暗い家だけだった。

「明……?」

 僕の小さな呟きは、薄暗闇の中に融けた。


 ――この時から……何となく嫌な予感を感じてはいたのだ……。


 僕は、ただじっと居間のソファに沈み込み、膝を抱えて皆の帰りを待っていた。

 僕の胸に誇らし気についていた一等賞の赤いリボンは、今はもう、くたっとなって萎れている。

 それを貰ってからすぐに、明に見せようと、走って観客席まで行ったのだが……皆がどこにいるかもわからない上、人込みのせいで探し出せず、結局家で見せて驚かせることに決めて戻ってしまったのだ。

 だから、一生懸命走って帰ってきたというのに……。

(何で、帰ってないんだよぉッ……!)


 ――ガチャリ。玄関のドアが開く音がした。


「明!?」

 僕はすぐさま玄関へと走る。…が、そこにいたのは父親だけだった。

「明は…? 母さんも…、どこに行ったの?」

「2人とも……病院に、いるよ……」

「病院……?」

 ドクッ…! それを聞いて、心臓の音が大きくなった。

 その音につられたように湧いて出てくる、不安という名の、黒い雲。

「何でそんなとこに……」

 呆然と呟く僕の肩に手を置き、父は膝をついて座り込んだ。

「聡……」

 間近で見た父の目は、赤く潤んでいて。

 そして真っ直ぐに僕の目を見つめて、父は言った。


「明に……お別れを、言いに行こう……」


(え……?)


 あんなに大きく鳴っていた心臓が、突然どこかに落ちて失くなってしまったかのように……僕の内から、音を、消した。

 声が、出なかった。

 自分が今、何を言われたのか……あまりにも突然で、理解できない……。
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