僕たちの時間(とき)
『学校に向かう途中、車に撥ねられて……』


 父の言葉が、なぜか遠くで聞こえていた。

 自分の呼吸する音だけが、こんなにも近くで、大きく耳に響く。


『病院に運んで、手は尽くしてもらったんだが……』


(何を言ってるんだよ、父さん……)

 頭の中に靄(もや)がかかったようだ。

 ぅわぁんと、何かが撓(たわ)んでいる。

 父の喋る言葉が、聞いたこともない異国の言語のようだった。


『ごめんねぇ……ごめんね、聡……ごめんなさいっ……』


 いつの間にか、泣きじゃくる母親に、きつく抱きしめられていて。

 耳の後ろで母の嗚咽を聞きながら思う。

(どうしてあやまってるんだよ、母さん……)


 そして気付くと……白い部屋の中にいた。

 あまりにも四角く、あまりにも寒く、あまりにも暗く……そんな部屋の中で、明は1人、白いベッドの上に横たわっていた。

 それは寝顔だった。

 今にも目を開けて『オハヨー』とでも、言いそうな……。

「明……」

 僕は一等賞の赤いリボンを、明の寝顔の上に掲げた。

「約束の1番とってきたぞ、ホラ。だから起きろよ。ちゃんと目ェ開けて見ろよ。おまえのために、1番、とったんだぞ……!」

 明は何も言わなかった。目も開かなかった。

「ちゃんと、見ろよ……!」

 リボンを掲げていたその手で、明の頬を軽くつねる。

「みんなでグルになってさ……笑えない冗談も、いいかげんにしろよな……!」


 ――その頬はまだ、温かかった……。
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