僕たちの時間(とき)
「おまえのせいじゃない。おまえが自分を責めることはないんだ」

 光流は、もちろんそう言った。

「むしろ辛いのは聡の方じゃないか。そんなに自分を責めて、余計に苦しむことはないだろう?」

「きっと明は……もっとずっと辛かったんだろうな……」

 聡のそのセリフに、光流は押し黙った。

「オレの苦しみなんて、明に比べたら軽いモンだ。このくらいのこと、味わったところで、明の苦しみは解ってあげられない」

 その時の光流には、こういう時に言ってあげるべき言葉が、どうしても思いつかなかった。

 頭の中にちゃんと入っているはずなのに……聡の表情を見ていると、どんどん思い出せなくなっていくように感じられた。

 そこでフと、眉根をよせたその苦し気な表情を少し緩ませ……そして聡は哀しい微笑みを浮かべ、言った。

「違うな…、そんなの嘘だ……」

 笑っているのに……聡の表情は、先刻よりもいっそう苦しそうに、光流には見えた。

「明の苦しみを解ってあげたいだなんて……オレは卑怯者だ、明を自分を責める言い訳に使ってる……」

「聡……」

「大事な人を失うって……思ってた以上に辛いんだって、わかったよ。でも、それよりもっと、オレは悔しいんだ」

「『悔しい』……?」

「そう、すごく悔しい。明が“死”と戦っている時に、見ていてやることさえもしてあげられなかった。知りもしなかった。それがすごく悔しい。今のオレの気持ち全部、それが占めてるんだ。だから自分を責めてでもいなけりゃ、その悔しさを紛れさせることができないんだ。――きっと、そうなんだ……」

 聡は全身で泣いている……そう光流には思えた。

 口許で微笑み、明るく喋り、…それでもなお、聡は声を上げて泣いていた。

 光流の目には、そんな聡がとても大人のように映っていた。
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