僕たちの時間(とき)
「それから聡は、妹のことは口にしなくなった。まるで最初から妹なんていなかったかのように。

 ――でもあいつ、口にこそ出さなかったけど、ずっと忘れられずにいたんだと思う。

 忘れようとして、でも忘れられなくて……いつも心、すり減らして……そうやって、あいつの心の中がどんどん渇いていくみたいだった。見ていて、こっちが辛かった。

 だけど藤沢に出会ってからは、あいつが少しずつ変わっていくのがわかって……ああ癒されてるな、って思えた。いつだったか聡が言ってたっけ。『水月はオレの“水”なんだ』って。俺もその通りだって言った。言い得て妙だなって。

 ――なのに……まさか今になって、また“こんなこと”になるだなんて、な……」

 光流はそこで言葉を切り、ため息をついた。

 そしてすっかり暗くなった空を仰ぎ、瞳を閉じる。

 そんな光流の横顔に、満月は問うた。

「もう、手遅れなの……?」

 ピクリと眉を震わせ、光流の瞳が開かれた。

 それを見とめ、満月は更に言葉を投げ掛ける。

「聡くんはもう、水月のもとへ帰っては来れないの……?」

 光流はゆっくりと振り向き、満月を見つめた。

 満月も、その視線を受け止め、真っ直ぐなまなざしを返して呟く。

「わたし……聡くんを、信じたいわ」

「――聡しだい、だな」

 光流の表情が変わり、笑みがこぼれた。安心するような笑みだった。


「俺も聡を……信じてるから……!」
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