僕たちの時間(とき)




『私、桜の花って好きなんだぁ……』


 いつだったか、放課後の教室で窓から外を眺めながら、藤沢はそう僕に言ったことがあった。

 教室には僕と藤沢、2人だけで。

 朱く沈む夕日が、辺りの景色を、教室を、そして僕達を、

 見事なまでにあざやかに染め上げていたのを、憶えている―――。


 その日の僕は、部活を終えた後で忘れ物に気付き、そして教室へと向かったのだった。

「あれ、渡辺くん…? こんな時間に、どうしたの……?」

 こんな遅い時間に人が…しかも藤沢がいるなんて、考えもしていなかった僕は。

 あまりに突然のことで、みっともないほど慌ててしまい、窓辺で振り返り微笑む彼女を正視できず、その内心の動揺を悟られまいとして急いでツカツカ自分の席へ歩みよりながら、言い訳をするような口調でぶっきらぼうに言っていた。

「オレは忘れ物取りに来ただけ。オマエこそ、どうしてこんな時間にいるんだよ」

 後から考えてみても……この言い方は、我ながら無愛想だったと思う。

 しかし藤沢は、そんなことなど気にも留めていない風に微笑み、言った。

「私も忘れ物したのよね。そのついでに外を見てたの」

「外? 何でまた……」

「だって、夕焼けがあんなに綺麗じゃない」

「え…? ――あぁ…、まぁな……」

「私、この学校に転校してきてよかったなあ…って、本当にそう思うの」

 朱く染まった彼女は、夕日なんかよりも、もっとずっと綺麗に笑った。


 どうしてこの時に言ってしまわなかったんだろう。

 後からものすごく、後悔したっけ。
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