僕たちの時間(とき)
「おやじさん、久し振り」

 人込みをかき分けてカウンターまで近づいた僕は、歓声にかき消されないよう、大きめの声を出して呼びかけた。

「おぉ、サト坊」

 おやじさんにかかっては、僕はどうしたって『サト坊』らしい。

 ――まぁ…、悪い気はしないけど……。

「違うだろ! 今は“マスター”と呼びなさい」

「はいはい『マスター』」

 もう毎度のことなので、苦笑しながらそう応える。

 そしてまた「おやじさん…」と戻るのが、僕の毎度のパターンだ。

「何だ何だ? バイトは控えてライブの為の練習に精出す、とか言ってた奴が」

「精出して頑張ってるよー、ちゃんと! でもたまには、おやじさんとゆっくり話でもしたくなってさ」

「ほぉお…? ――まあ、いい。何か飲むか?」

「うん……いつもの水割り、くれない……?」

 僕のこの言葉に、おやじさんは一瞬だけ驚いた表情を見せたが。

「おーおー、未成年!」

 すぐにいつものカオに戻り、ニヤッと笑ってからかう。

「その未成年にいっつも酒すすめるのは、どこの誰なんだろーねぇ?」

「お? ひょっとして、俺かー?」

「正解! まだまだボケてないねー」

「何を言う! まだまだおまえらヒヨッコ共に負けてたまるかい」

 なんていう会話が終わる頃にはもう、既にグラスが目の前に出てるんだから。

 全く、とんでもなくくだけた人だってつくづく思うね、このオジサンは。
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