僕たちの時間(とき)
「たぶん……おやじさんに聞いてほしかったから、ここへ来たんだと、思う……」

「ほぉ?」

「だけどさ……いざとなるとやっぱ、頭ン中ぐちゃぐちゃでさ……」

「ほぉほぉ」

「何から話せばいいか、わからなくて……それよりもオレがまだ話したくなくて、思い出したくなくてっ……! ――だから忘れてしまいたかった……やなこと全部忘れてしまいたくなったんだ、だから飲みたいんだ、とにかく忘れてしまいたいんだよっ……!」

「…………」

 僕の吐き出したようなセリフを黙って聞いてくれていたおやじさんは。

 ふいにボトルを僕の前にでんっと置いた。

「今日だけ、だからな。…おごりだ」

「おやじさん……?」

「人生で1度くらいなら……酒に逃げたって、バチは当たらんだろうからな」

「――さんきゅー……」

 僕はうつむいて、顔を伏せた。

(酒、入ってるせいかな……涙もろくなってるかもしれない……)

 くつくつと小さく笑うと、そして初めて薄暗いフロアの照明に感謝した。
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